【ルンデの会2000年3月例会】

潮田益子

ヴァイオリン・リサイタル

Masuko Ushioda  Violin Recital

潮田
写真:篠原栄治
 13歳で東京交響楽団と共演してデビュー、15歳で『第26回日本音楽コンクール』第一位及び特賞受賞――かつて天才少女の名を欲しいままにした潮田益子は、現在ボストンに在住、2児の母であり、ニューイングランド音楽院教授の要職にありながら、活発に演奏活動を続けています。
 1961年桐朋学園高校卒業後、当時のソ連政府の招きでレニングラード音楽院に3年間留学、ミハイル・ワイマン氏に師事、その間、1963年の『エリーザベト王妃国際コンクール』に入賞。1964年からはスイスでヨーゼフ・シゲティ氏に学び、1966年『第3回チャイコフスキー国際コンクール』で見事2位になりました。
 1965年にヨーロッパ及び北米でデビューし、以後、ロンドン・フィル、ロンドン交響楽団、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団、フランス国立放送管弦楽団、ニューヨーク・フィル、シカゴ交響楽団、ボストン交響楽団、フィラデルフィア管弦楽団、ワシントン・ナショナル交響楽団、メキシコ国立交響楽団、モントリオール交響楽団ほか、世界トップレヴェルのオーケストラと多数協演を重ね、またズビン・メータ指揮ロサンゼルス・フィルのツアーや、東京交響楽団の北米巡演のソリストも務めています。またリサイタルも、北米・欧州主要都市をはじめ、旧ソ連に3回、南米へも定期的にツアーを行っています。他方、室内楽の分野では「ラ・ホヤ」、「マールボロ」、「スポレト」など主要な音楽祭にも数多く参加、ルーカス・フォスルース・ラレード野島稔らとのデュオ・リサイタルを行なってきました。チェリストである夫君ローレンス・レッサーとともに、世界各地でしばしばブラームスの“二重協奏曲”を演奏しています。
 日本でも国内主要オーケストラのすべてと協演、1990年11月から水戸室内管弦楽団の中心メンバーであり、上演作品によっては独奏やコンサートマスターも務め、サイトウキネンにも毎年招かれています。95年には満を持しての《イザイ:無伴奏ソナタ全曲》、97年には《バッハ:無伴奏ソナタ&パルティータ全曲》のCDをリリース、いずれも絶賛を博しました。
 ルンデの会例会では、1985年「バッハ・イヤー」で無伴奏3曲を演奏したのが最初で、その後90年、94年と無伴奏リサイタル、そして97年、今回と同じパートナー、エスタ・ブディアルジョとともに来演、今回が5回目の例会出演となります。
2000年3月12日(日)15:00(開場 14:30)
スタジオ・ルンデ
(名古屋市中区丸の内 2-16.-7)
シュニトケ:古い様式による組曲
カーチナー:ソナタ・コンチェルタンテ
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ イ長調 Op.47 “クロイツェル”
【参加会費】一般 \4,200、ペア \7,350、学生 \2,100
      一部座席予約可(160席中約50席)
【予約、お問合わせ】 スタジオ・ルンデ TEL:052−203−4188

カーチナー:《ソナタ・コンチェルタンテ》について  潮田益子

 レオン・カーチナーは、1919年1月24日、ニューヨーク州ブルックリンに生まれました。
 カリフォルニア大学バークリー校を卒業し、ミルズ・カレッジおよびハーヴァード大学の教授となりました。恩師はアルノルト・シェーンベルク、エルネスト・ブロッホなど。彼が受賞した多くの賞には、パリ賞、2度のグッゲンハイム・フェローシップ、ニューヨーク批評家賞、ピュリッツァー賞、アメリカ芸術科学アカデミー助成金、ナウムバーグ財団賞などがあります。
 作曲の委嘱は、アメリカの多くの主要オーケストラ、国会図書館、クーセヴィツキー財団、フロム音楽財団から受けています。また、ピアニストとして世界中の主要オーケストラと自作の数々を演奏しています。指揮者としても、ニューイングランド音楽院交響楽団を含む多くのオーケストラを指揮しています。
 《ソナタ・コンチェルタンテ》はフロム音楽財団の委嘱によって書かれ、トッシー・スピヴァコフスキーのヴァイオリン、作曲家自身のピアノにより、1952年11月30日、カーネギーホールで初演されました。1楽章の作品で、すべてのマテリアルは相互に緊密に関連しています。実際、曲の終わりは曲の始めとほとんど同じです。作品は四つの主なセクデションから成っています。早いアレグロとプレスト、それからアダージョ・モルトでは最初から様々な叙情的メロディーが弱音器付きヴァイオリンで静かに演奏されます。次のセクションはグラツィオーソで、強くリズミカルな衝撃を持つマルカートのフィナーレヘと続きます。カーチナーはいくらか十二音技法を用いていますが決して厳密ではなく、無調で書かれているにも拘わらず、和声のテクスチュアは調性的です。
 今回、このすばらい傑作を演奏する機会を与えられたことに感謝しております。私はこの作品は21世紀においても重要であり続けると信じていますし、今後もずっと演奏していきたいと思います。


共演:エスタ・ブディアルジョ(ピアノ)
Esta  エスタ・ブディァルジョの演奏はアメリカで高い評価を集めている。ボストン・グローブ紙は彼女のボストンでのデビュー・リサイタルは「1997年のベスト・リサイタル」であり、「彼女の演奏は笑いと涙を誘う。つまり、心を動かし、精神を高揚させる」と評した。また、ニューヨークのリンカーン・センターでのデビュー・リサイタルについてアメリカン・レコード・ガイド紙のハリス・ゴールドスミスは、「見事な演奏は成熟した壮大さを持ち、それは記憶に残る偉大なピアニストたちのレベルに位置するものだ」と褒めちぎっている。1966年のウイリアム・カペル国際ピアノ・コンクールのほか、1998年のパームビーチ国際ピアノ・コンクール)、1993年のストラヴィンスキー国際ピアノ・コンクールにも最高位入賞を果たしている。
 1999/2000年シーズンには、リサイタルをセントポールのショパン協会、ワシントンD.C.のケネディ・センター、ペンサコラのロルフズ・ピアノ・シリーズ、シカゴのマイラ・ヘス・メモリアル・コンサーツなどで開くほか、ニューヨークのマーキン・コンサート・ホールにも招かれて演奏する。また、ニュー・ハンプシャー州のナシュア交響楽団、ボストンのシヴィック交響楽団、ケイプ・アン交響楽団との協演も予定している。2000/01年シーズンにはオマハ交響楽団、南カリフォルニア・フィルハーモニー管弦楽団との協演や、ボストンのイザベラ・ガーディナー美術館、ハーヴァード音楽協会での演奏、日本、オーストリア、ドイツ、イタリアでの演奏旅行を予定している。翌シーズンには、セントラル・ウィスコンシン交響楽団との協演、ロード・アイランド大学での演奏を行う予定になっている。
 1998/99年シーズンには、ニューヨーク、サウス・カリフォルニア、ブリュッセルなどで、ボストン・ロングウッド交響楽団、ベルギー国立交響楽団などと演奏した。デビューCDは、今年プロ・ピアノ・レコードからリリースされメンデルスゾーンの演奏が高い譜面を得ている。1999年12月には、同じくプロ・ピアノ・レコードからゴドフスキーとタンスマンの作品を収めた2枚目のCDがリリースされ、グラモフォン誌で好評を得た(日本での扱いはキング・インターナショナル)。
 これまでに、ニューヨークのアリス・タリー・ホール、ボストンのジョーダン・ホール、ワシントンD.C.のフィリップス・コレクションや国立科学アカデミーなどで演奏し、ボルティモア交響楽団、サヴァンナ交響楽団、ウィスコンシンのラ・クロッセ交響楽団などと協演している。
 インドネシアのジャカルタ生まれ。現在はボストン地区に住み、ニュー・イングランド音楽院の博士課程で研鑽を積んでいる。同音楽院では学位号と修士号を優秀な成績で取得するとともに学長奨学賞を授与された。ホワ・キュン・ビュン、ラッセル・シャーマン、レフ・ヴラセンコに師事。また、ラヴィニア音楽祭スティーンズ・インスティテュート、サンタ・バーバラのウェスト・ミュージック・アカデミー、カナダのバンフ・アート・センターなどの音楽祭でも学んだ。
 1999年10月、アメリカ合衆国の市民権を獲得した。

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