○『見とれた演奏会』 【M. K. 】
 ルンデはお気に入りのホールだった。ピアノ曲が好きな私には、すぐ目の前での生演奏がたまらなかった。残響や音響の良さを誇るどれだけ優れた木造のコンサートホールでも、はるか遠くのステージから聞こえてくるピアノの音色ではもどかしい。外国人女性ピアニストの弾く柔らかいピアニッシモがすばらしく、拍手のついでにウインクしたら笑顔で応えてくれた。ルンデならではのパフォーマンスだと、十五年以上も経ついまでも思い出す。
 ニコラーエワおばさんの指、ハーモニカの崎元譲の息遣い、マリンバの種谷睦子がトレモロを打つ時の腕の筋肉の震えなどなど、ルンデ演奏会で感激して演奏会後に購入したCDも少なくない。

 最も衛撃的だったのが、欧州の現代音楽作曲家ハンス=ヨアヒム・ヘスボスの「ピアノとアコーディオンのための『ピアル』」。
 アコーディオン奏者の御喜美江は、ステージ中央の回転椅子にまたがって演奏開始。というより、回転しつつアコーディオンを弾き、時には蛇腹をゆすり、たたき、低いうなり声を発しながら“音”を出し続ける。現代音楽とはいえ予想もしなかったあまりにも不思議な音と演奏の連続にあっけにとられていた。
 やがて、椅子を取り払った客席前部のグランドピアノにひざまずいてもたれていたピアノ奏者が起ち上がり、重いピアノを引きずり回すではないか。運搬用の台車に乗せてあるとはいえ右へ回り、左へ回り、くるくる回したり自在にあやつる。その間ピアノの音は聞こえず、ゴロゴロという床をこする音だけが響く。動きを止めたら、立ったまま鍵盤を無造作にたたき、腕でこすってのいわゆるピアノ演奏。アコーディオンと同じように、脈絡のない連続音としか聞こえなかった。
 二人の演奏者が見る楽譜には音符はなく、ピアノを引きずる早さと方向を図示し、「Aの音を8秒」などと、何をするかの指示が書いてある五線譜ではない白い紙。おもむろに閉じ、演奏開始時と同じポーズをとって演奏を終了。
 「長く引き伸ばされる時間、突発的な時間、ばらばらになった時間、電光のような時間。こうした時間の経過を目の前で見聞きするであろう」と作曲者はいい、評論家は「時間の切れ端、裁ち屑、破片、粒子が紙吹雪のように混ざりあっている」と、この曲の意とするところを評するが、聞いたというより見たという表現の方が的確な表現の二十六分だった。
 その後この曲は、どこかで演奏されたことがあるのだろうか。

 残念ながら膝のケガが悪化して、階段の上り下りが困難になってからルンデの例会への参加が遠のき、会員更新時を機に退会した。しかし、新聞広告の例会案内だけは欠かさず見て、演奏家と演奏曲目にわけわからずにワクワクしていた。それも絶えた。

 膝痛に加え昨年春から二度の緊急入院。好きなクラシック音楽を聞くのは、CDとFMラジオが頼りとなったいま、きつい階段を上り、前後左右にゆとりのない折り畳みいすの座席で聞く演奏会は、とてもとてもつらいだろうな。


○目で見ることで得るもの 【M. M. 】
 音楽を楽しむ場と同時に、発想をもらう場でもありました。
 学生の頃は、学生券という特権を最大限に生かし、少しでも興味のある例会には参加していました。
 当時、もう10年も前になるんですね、『アポロン弦楽四重奏団』で、Chick Coreaの“Senor Mouse”がプログラムに入っていたときは驚きました。想像以上のおもしろさがそこにはあり、オリジナルを聴いたときに、また新たな刺激を感じる事ができました。室内楽が楽しいと思うきっかけの例会だったと思います。
 何度、例会に参加したかは覚えていませんが、大半の曲が『その時始めて接する曲』であったことは間違いありません。CDで初めて接するより、生演奏で初めて接することが出来るその事が幸せだと教えてもらいました。

 「目で見ることで得るモノも沢山ある」と、最後のパーティーの席で小林道夫さんに教えて頂きました。演奏する姿勢、腕の使い方等々、レッスンや練習だけでは習得できないモノも確かにあるし、実際、自分の身に少しずつ積もってきてるんだなと感じることもあります。
 思考が凝り固まっているとき、目からの情報を遮断して音の世界に浸っていると、その思考が解きほぐされて新しい考えが生まれた事は一度や二度ではありません。幾度となく、新しい創造への第一歩となる発想をいただきました。
 そしていつの間にか、自然とリラックスできる場所になっていました。
 この場所に、想いに魅せられた人達がいるはずです。またここであえるときを思いながら。


○生活の大きな柱だった 【K. H.】
ルンデ様、長い間の会の主宰、お疲れ様でした。
 私は「ルンデの会」を本当に最後まで楽しませて頂きました。
 思えば、1999年に初めて名古屋に来てから2003年に東京に戻るまで、名古屋の生活の大きな柱が「ルンデの例会」への参加だったような気がします。
 東京よりも音楽会の数は少ないですが、愛知芸術劇場、しらかわホール、それにトヨタコンサートホールと、名古屋周辺には全国的に誇れる素晴らしいホールがたくさんありました。
 とりわけルンデは私のお気に入りでした。素晴らしい音楽家の一球入魂、いや一弓入魂ともいうべきプログラムを間近で鑑賞できる機会は東京でもそう簡単になかったですし、あってもべらぼうな金額となっていたでしょう。それが毎週のように聴けると言うことは最高でした。
 記憶に残る名演はたくさんありましたが、鮮明なのは、アルテミスカルテットです。あの演奏に匹敵するものはもう一生の間にそんなに聴けるものではないと思っております。
 その他にも和波さん、山崎伸子さん、オクトバス4、前橋汀子さん、漆原姉妹、、、と、今記憶をたどるだけでも、いくらでもでてまいります。
 休憩時間のお茶のサービス、終演後の語らいの場所はともすれば、他のお客さんや演奏家の方々とのコミュニケーションの場所として貴重でした。お茶も美味でした。

 東京に転勤してからは、平日にはお伺いすることができなくなったため会員として参加することをしばらく休んでいましたが、会報を見ているうちに日曜日のコンサートだけでも参加したくなり、約1年前に会員として復活し、最後のバルトークまで聴かせて頂きました。
 弦楽の室内楽を中心に聴いてまいりましたが、ルンデに代わる音楽の場をまだ見つけられておりません。例会のようなコンサートがまたルンデで時々聴ける機会があることを願っております。
 皆様とまた音楽を通してお目にかかれることを、楽しみにしております。
 それではお元気で。