○「素朴な聴き手として」 | 【M. F. 】 |
長い航海を終えて、ルンデは凪の時を迎えようとしています。小林先生が最後に残された音は、どこへ帰っていったのでしょう。最後の例会が終わった後、自分の歩き出す方向が定まらないような心もとない日々が過ぎてゆきました。
80年代のはじめ、名古屋のホール事情がとても寂しかった頃、ルンデのオープンは画期的な出来事でした。演奏者の息づかいが伝わる空間にも魅力がありましたし、何より例会の内容は当初からどれも充実していて、過去のプログラムを見ても本当に贅沢に聴かせて戴いたと感じています。また、朝のコンサートや音楽する仲間たち、Xコンサート、あしながクラブの活動など、音楽を通して地域や演奏家に新しい提言をし、牽引し続けてこられたことは、この地方の文化にどれほど元気を与えてくれたことでしょうか。
演奏会にまつわる楽しかった思い出はつきませんが、私にとって金澤攝さんとの出会いは、心の大きな糧になっています。
合理・拝金主義が当たり前の当世、欲望と野心とは無縁の純粋な音楽の世界を求めることは、かなわないのでしょうか。あれこれ思いを巡らす時、音楽があるべき理想の姿を求め続けたルンデと攝さんの姿が重なります。真摯にひたむきに、情熱を失わず、たとえ大衆に支持されなくとも、それが本当に優れたものであるのなら伝え続けなければならない、その演奏の場を閉ざしてはいけない……。
ルンデは、人と音楽がひとつになれる最高のホールでした。素晴らしい音楽につつまれて、演奏家、聴衆の方々と過ごした至福の時は、私たちにたくさんの宝物を残してくれました。ルンデと共に同じ時代を生きることができて、本当に幸せだったと思います。 |
○「私の最終学歴」 | 【M. H. 】 |
私が初めてルンデを訪れた時は、まだ玄関のガラス戸にはテープでバッテンがはられており、コンクリートむき出しのロビーに白いカウンターだけがポツンと鎮座していました。 2階へと階段を上りホールを覗くと、真っ白な粉をふいたような白木の床に思わず足が止まりました。中では、クロスが張られた後ろの壁に向かって何やら思案中の方々の姿が。入り口に立ち、ホールを見回すと階段1段分にも満たない高さのステージ、そして落ち着いた色合いのシックな煉瓦の壁。そこには、私が今まで見た事のない空間が広がっていました。 ホールの中は、自然の話し声が全体に行きわたる、驚くべき音響の良さ。それには、何の加工も加えられない白木の床が一役かっているとか。さらに、後ろの壁のあたりで少し音のこもる所があるので、壁のクロスを針でつついて調整するといった念の入れよう。これからここで奏でられる音の響きだけを考えて、設計された空間がそこにはありました。
25年前、「チョイト電話番でもやらせてください」とお気楽フリーターのつもりで立ち寄ったら一目惚れ。それからというものどっぷりと「ルンデの響」にのめりこんでいく事となりました。 「スタジオ・ルンデの電話番」は私の最終学歴となったのです。 |
○「眠れる森」の夢 | 【K. K.】 |
もし、この夢が本当なら、私は今、眠りの中にある。深い静寂に沈む森の中で、いつ果てるとも知れぬ夢を見ながら、私は眠り続けている。 日本では「眠れる森の美女」として知られているチャイコフスキーのバレー作品。そこでは森全体が眠りにつき、森の住民とともに一人の美女が眠っている。彼女は夢を見ているのだろうか。それは私にはわからないが、確かなことはただ一つ、彼女は待っている、森全体を目覚めさせてくれる素適な王子様の訪れを待っている、ということである。 私は今、夢の中で、この美女と同じ立場にある。私はルンデという音楽の森で、演奏者、スタッフ、聴衆そしてルンデを愛するすべての人々とともに眠っている。私はこの森に眠り、かつてこの場で体験した様々な音楽との出会いを思い描いている。それは、今ではかなわぬ夢となったが、かつては美しい現実だった。 私が初めてルンデを訪れたのは、オーフラ・ハーノイの演奏会(5月3日)の案内を見てだったが、初めて聴いたコンサートは、1985年5月1日の、渡辺順生による「チェンバロ披露演奏会」だった。以来21年あまりに及ぶ「森」の生活が、ルンデ常備のチェンバロによる初めての演奏会に始まり、同じチェンバロを演奏しての小林道夫によるゴールドベルク変奏曲で幕を閉じたのは、快い偶然である。個人的な都合で、初めのころと終わりのころを除けば、聴きたい演奏会のほんの一部しか聴けなかったけれど、ルンデでの音楽体験は貴重であり、本当に「ルンデがあってよかった」と私は思っている。
今ではほとんど忘れてしまったとはいえ、個々の演奏会のことを語り始めると収拾がつかなくなる。だから、他のすべては私の頭の中だけの夢として止どめておくことにして、ひとつだけ、ルンデだからこそ聴けたイゴール・ウリヤシュの演奏会(編注:2005年7月3日)について書く。
「えっ! ルンデの会はもう終わりですって?」 |