「呼びかけ」への追記

(2001年11月13日

 わたしたちのこのメッセージに対して、詳しい趣旨を教えてください、という若いアーティストからのお便りがあり、気付かされました。わたしたちには、大変有名な話だからわかっていただけるという勝手な思い込みがありました。若い方々、チェロ奏者以外の方々には「?」のことも多かった筈で、反省しています。ごめんなさい。
 くわしくは何冊もある伝記的な本にゆだねるとして、世界平和を訴える運動を続けてきたパブロ・カザルスの1971年10月24日の「国連デー」のことを、チェリスト井上頼豊氏の『回想のカザルス』(新日本新書)から引用させてもらいます。
 ……95歳直前の1971年10月24日が、カザルス最後の国際舞台になった「国連デー」記念コンサートである。いまだに語り草になっているこの公演は、豪華な出演者への期待もあり、国連総会参加の各国代表とその家族たちで、大会議場は超満員だった。
 この日のためにカザルスが作曲したオーケストラと合唱のための《国際連合への賛歌》が初演され、ウ・タント事務総長がカザルスに国連平和メダルを贈った。つづいてスターンとシュナイダーによるバッハ《二つのヴァイオリンのための協奏曲》や、ホルショフスキー、ゼルキン、イストミン協演のバッハ《三台のピアノのための協奏曲》などのあと、もう一度《国連賛歌》が演奏されて、プログラムは終った。指揮台をおりたカザルスは、しずかに客席に話しかけた。
 「私はもう十四年もチェロの公開演奏をしていませんが、今日は弾きたくなりました」
 運ばれてきた愛用のチェロを手にとって、彼はいう。
「これから短いカタルーニャの民謡《鳥の歌》を弾きます。私の故郷のカタルーニャでは、鳥たちは平和(ピース)、平和(ピース)、平和(ピース)!と鳴きながら飛んでいるのです」
 彼は右手を高く上げて、鳥が飛ぶように動かしながら、ピース、ピース!とくり返した。

「この曲はバッハやべートーヴェンや、すべての偉大な音楽家が愛したであろう音楽です。この曲は、私の故郷カタルーニヤの魂なのです」
 静まり返った会場に流れた《鳥の歌》。その感動をことばで表現するのはむずかしい。強いていえば、巨匠の人生と思想がこの短い曲に凝縮されて、聴くものの心をゆさぶった、ということだろうか。全聴衆と演奏者が、そして世界に放映された録画に接した人たちが、同じように涙を流したのだった。……(後略)
 カザルスの《鳥の歌》はもともと、キリストの誕生を鳥たちが祝ってうたうという、カタロニア地方のクリスマスキャロルで、いろんな鳥の名前が読み込まれていて、鷲、雀、ナイチンゲール、みそさざい、つぐみ、紅雀などが出てくるようです。
 以下、多少冗談っぽくなりますが、鷲までがピース、ピースと鳴いてくれるならば、要は何でもいい。「今から演奏するこの鳥は、ピース、ピースと鳴きながら飛び立って行きます」の気持ちを込めて演奏してくだされば、わたしたちは充分嬉しい。一羽の鳥が、何万羽にもなって飛び交ってくれることを祈っています。


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