中岡秀彦/中岡祐子 エッセイ集

【229】 『「変身」の舞台』 2016. 9. 2

カフカの小説「変身」、その演劇を初めて見てきました。名古屋市内の40席ほどのアングラ劇場で、舞台装置と役者、効果音、照明等どれも最小限、90分間の休憩無しの上演で、途中の舞台転換もありません。しかし見事なお芝居で、飽きる事なく楽しめました。

「変身」は、一風変わった筋書きでご存じの方も多いと思いますが、あらすじは、、、
働き者で家族思いの会社員グレゴール・ザムザが或る朝、仕事に行こうと目が覚ますと自分の身体が見るも無惨な虫に変身していた、、、
と小説は始まります。グレゴールを愛する家族も驚愕し狼狽えます。はじめはかばってくれた父親と母親も、余りの気味悪さから息子を段々遠ざけるようになりますが、兄思いの優しい妹だけはお兄さんを心配して面倒を見ます。しかしそれもあるとき限界に達しすべて拒絶…… お手伝いさんだけが部屋に “餌” を運ぶようになります。グレゴールは言葉は話せなくなっていても,心が人間のままでした。そんなある日、この気味悪い化け物の存在に激怒した父親が投げつけたリンゴの当った傷が腐って、グレゴールは死んでしまうのでした。

何年か前に、この本を原書を読む同好会で大勢で読んだことがありました。短い小説ですが月1回の会でゆっくりゆっくり約2年、24回もかかって読み進んだので、始めは「なんて気持ち悪い小説だろう。。」と思ったのが、知らず知らずグレゴールに感情移入していて、死んでしまった時にはかわいそうで涙が出た記憶があります。

今回の舞台、グレゴール役の役者さんははじめ背広姿の人間、そして変身後は “ゾンビのような生物” を殆ど衣装無し(上半身は裸+膝までの短パンのみ)で、実に見事に演じていました。その身体の動きは、甲殻類と爬虫類と軟体動物を併せ持つような、柔軟かつ極端にグロテスクな動きで、身体能力の高さも際立っていました。ちなみに私が小説から想像した姿は… 「芋虫とゴキブリとムカデを足してもっと不気味にした怪物のような虫」でした。著者のカフカ自身は、読者に特定の先入観を与えないために、表紙にも文中にも絶対にこの生物の挿絵を入れないように、と出版社に頼んだそうです。

脚本、演出、芝居と、とても素敵な舞台で、大いに見る人の妄想を駆り立ててくれた一晩でした。会場の観客は若い人も多かったですが、終演後アンケート用紙などに熱心に感想を書いている人が多く、多分心うたれたのではないかと想像しています。
( Y. N. )

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