中岡秀彦/中岡祐子 エッセイ集

【185】 『人は見かけによらぬもの』  2013. 3. 9

仕事ではいつも難しい音楽の話ばかりしているが、時には、ふとレッスン生が「先生、私、報告があります。実は〜」などと切り出してくる事がある。

ある中学生は、
「漢検(日本漢字能力検定)で2級に合格しました!」
問題集を見せてもらったが結構難しい。それ以後、その生徒の楽譜に漢字を書き込む時、「この漢字、これで正しい?間違えていない?」と尋ねたり、平仮名にしている。


さて、もう少し年齢が上になると・・・
「先生、俵万智さん知っていますか?」
大学生は話し出した。
「あの俵万智さんが受賞した《角川短歌賞》を、昨年、私が受賞したんです!」
〈角川短歌賞〉とは、角川書店により創設されたもので、短歌の新人賞の中では権威あるものと歌壇では認識されているものらしい。第32回の受賞者が俵万智、と聞けば、「あ〜ぁ、なるほど」と納得する方も多いと思う。彼女が毎月、歌を詠んでいる事など全く知らなかった僕は二つの事に驚いた。音楽を勉強しながら短歌を作っている学生がいた事に、もう一つはそれがいきなり受賞の話だった事に!
第57回の受賞者となった彼女の筆名は〈立花開 タチバナ・ハルキ〉、承諾を得たのでその作品を紹介しよう。

まずはその受賞作品
◉やわらかく監禁されて降る雨に窓辺にもたれた一人、教室
どんな感想を持ちますか? 読む人それぞれ色々な感じ方があるでしょうから、僕の感想は避けます。
さて、角川学芸出版が発行している「短歌」という月刊誌があるが、その中に受賞後に作った歌が掲載されていた。その中で僕が気に入った幾つかの作品を紹介します。
◉すれ違う電車が窓に投げ入れた鱗散る海からきた光
◉歩くたび楽器ケースの鍵が鳴る水面でささやく羽虫のように
◉早春の薄墨ほどの花かげにまぎれて裸足のままで佇む
◉図書館で外を眺めて友を待つ五線をたどる指止めたまま
僕はどの作品にも、心の奥底で受け止める鋭い感性、そして反対に優しく、やわらかい感性をも感じます。


今度は別の大学生・・・
「先生、今度オペレッタに出られる事になりました!」
と報告してきた。〈声楽アンサンブルとダンス〉で出演すると言う。オペレッタには様々なシーンで声楽アンサンブルやダンスがよく出てくるが、そのメンバーにオーディションで選ばれたのである。後でわかった事だが、約3倍の競争率だった。彼女は学校では声楽を勉強しており定期演奏会にも選ばれている。今回はその日頃の努力が実を結んだ結果だ。たが、彼女がダンス?
「ダンスも出来るの?」
「小さい頃から習っています。」
(失礼!)
本番は3日で5公演という、初めてオペレッタを経験する人にとっては結構ハードなもの。僕は最終日の公演を観た。彼女のダンスも含め、出演者はみなオーディションで選ばれた人たちとあって公演全体は素晴らしいものだった。
普段は一人でコツコツ続ける、ともすれば暗くなりがちな音楽の勉強だが、学校生活と平行してこの半年間、舞台を作ると言う共同作業を体験できた彼女は、何か大事なものを得たと思う。きっとそれはこれからの長い音楽の勉強・人生に活かしていく事だろう。
( H. N. )

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