中岡秀彦/中岡祐子 エッセイ集

【160】 『ピーポーピーポー その1』  2011. 8. 23

夜、そろそろ寝ようかと思ってリビングの椅子から立ち上がった矢先、突然背中から腹部に激痛が襲った。重い砲丸の鉄の玉を投げつけられた感じ……。椅子の背に手を掛けようとしたが、そのまま、床に崩れ落ちた。
家内が「どうしたの?大丈夫?」と声をかけてくるが、こちらは全身に力を入れて激痛に耐えているため、口を開けてパクパクしても声にならない。その上、痛みに耐える事だけに全身全霊を捧げているので頭が正常のようには働かず、聞こえてくる言葉がヤケに早口に聞こえる。

……いや普段なら理解出来る早さだろう、しかし今は耳に入った言葉をまずバラバラの平仮名に置き換え、それから自分の理解出来るゆっくりとした早さに頭の中で再構成しているのだ。しかもその再構成された言葉をやっと理解し、それに対して答えようと必死にもがいている頃には、家内がもう次の言葉を発しているのだ。だから頭の中には、数秒前に耳に入った言葉、今自分が考えている言葉、たった今耳に入ってきた新しい言葉、の三つが混沌とした状態にあるのだ……

どういう痛みかを説明すると……。
腹部に「ハリセンボン」が入っており大暴れしている感じ、あるいは身体の中の線香花火がその先に縫い針を付けてパチパチと弾けている感じ、と言ったらお分かりでしょうか?
どの位経っただろうか、救急外来に行こうにも情けない事に車庫までが歩けない。もう耐えきれなくなったので救急車を呼ぶ事になった。午前二時前(後でわかった事です)、派手なサイレンと赤色灯が暗闇を裂くようにやってきた。僕は二階から下りる階段の途中で自力で歩く事ままならず、うずくまっていた。救急隊員に両脇を抱えられやや宙ぶらりんになった格好のまま玄関外へ。そして待機していた担架に横になり、そのまま救急車に乗せられた。車内では既に、隊員が無線で幾つかの病院と連絡を取っている。
病院が決まりました、○○区の△△病院に行きますがよろしいですか?
こちらは良いも悪いも無い。もし「嫌だ」と言ったらどういう事になるのだろう?等と変な事を考えながらも
(息も絶え絶えに)はい、良いです。お願いします。」
車は再びサイレンを鳴らしながら出発した。
指先に、大きな洗濯バサミのようなものを挟んだ。車内に、ピッピッ、という音が聞こえる。血圧や脈拍などを計っているのだろう。
さて、僕の自宅は高台にある。車の中で僕の身体は、頭が前、足が後ろ向きに担架に乗っている。長い坂道を下って行く時には、頭の位置が足より低くなるに加え、ちょっとした段差でも車はボンボン跳ねるので、気持ち悪くなった。ハッキリ言って乗り心地は悪い!(機会があれば、ぜひ乗ってみる事をお勧めします。)
左、良ーし、右、良ーし
交差点を通過するたびに運転手と助手席の隊員とのやり取りが聞こえる。もう(病院へ)着く頃かな、と思ったその時、
あと二〜三分ですからね
(次回へ続く)
(H. N.)

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