中岡秀彦/中岡祐子 エッセイ集

【158】 『音で呼び起こされる記憶』  2011. 7. 29

ある事がきっかけで、随分前の体験を思い出す事は無いだろうか?
そのきっかけは、音や香りであったり、また行動そのものであったり‥‥。
年に数度、こんな体験をする。

レッスン中、生徒が自分で楽譜をめくったその瞬間、僕の頭の中に、幼い頃自分が練習していた時の映像が甦るのだ。当時の「匂い」と共に、なんだかとても懐かしく感じられることもある。

・・・・そこは、木製の窓枠(ガラスはその枠に粘土のようなものを埋め込んで留めてある)のある小さな部屋、テレビの隣にはその何倍もの大きさの真っ黒なアップライトピアノがあり、その上に数冊の楽譜とクリーム色をしたプラスチック製メトロノームが置かれている。そして、大きな楽譜を広げて何かを弾いている自分が居る・・・・

きっかけは、めくる時の《音》。たかが《音》だが、高低もあれば、乾いた音や湿った音もある。楽譜の紙の厚さにより、また、めくるときのスピードにより、そしてその部屋の状況、つまり響くのか響かないのか、でも異なる。

僕が自分でめくった時にはその現象は起らない。なぜならレッスンの際の僕は素早くめくるからだ。だが昔、自分が練習していた時はレッスンではないから、ちょうど今、生徒がめくる時のような(ゆっくりした)めくり方になっていたのだと思う。
斯くして、《僕が子供の頃にめくった時の音》と、今の生徒に依って《全ての要素が完全に一致した音》が発せられたとき初めて、僕にその記憶が甦るのだ。
という事は過去の映像としての記憶には、《めくった時の音》も共存している、と言う事なのだろうか?
(H. N.)

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