中岡秀彦/中岡祐子 エッセイ集

【154】 『不思議な縁 その2』  2011. 4.13

日が昇って間もない青白い薄明かりの中を歩くと、ちょうど入口の雪掻きをしている懐かしいオーナーの顔が目に入った。

「おはようございます。名古屋の中岡です。」

これはこれは。遠くからようこそお越し頂きました。

オーナーに誘われるまま建物に入った。懐かしい匂い! 昔の記憶が甦った。しかしオーナーは僕が学生時代に来ていた事には気づいていない様子。そうかも知れない。当時、宿帳には4人の名前を書いたが予約を取っていた代表者は僕ではなかったからだ。
朝食時、家内を紹介した後で、それとなく学生時代に毎年来ていた事と、当時の代表者の名前を伝えた。はたして記憶に残っているだろうか?
その日の夕食時、オーナーと奥様にお会いした。

は〜い、よく覚えてますよ。男の方4人で毎年いらして下さってましたね、○○さんのグループで。皆さんお酒に弱い方でしたね。
(そんな事まで覚えているんだ!)
ひょっとすると、昔の宿帳に、僕の名前を見つけてくれたのだろう。
それから毎夕食時、ビールを1本付けてくれた。(もちろん他の宿泊客には内緒!)
そんな劇的な再会がきっかけとなり、その後もバスツアーで度々そのペンションに泊まるようになった。
そしてあるシーズン……
夕食の後、風呂も済ませ、我々は赤くゆらゆらと燃える薪ストーブのある “ 談話スペース ” に居た。そしてそこに置いてあったオセロで遊んでいた。
暫くして、宿泊客の夕食の後片付けを終えたオーナーが入ってきた。

ちょっと申し訳ないんですが……

とっさに、夜も遅いのでなるべく静かに、と注意されるのだ、と悟った。
ところが思惑は外れた。
彼の手には、〈日本の歌〉の楽譜が……。オーナーは我々が音大を出ている事は既に知っている。楽譜について分からない事を質問してきたのである。教室に通いながら楽しく歌っている、という事だった。楽譜に書いてある様々な記号については勿論だが、それが終わると、ブルーベリー農園もやっている事など沢山の事が話題になり、夜遅く迄語り合った。
しかしその後は、仕事の都合で全く出掛ける事が出来なくなってしまった。
それから数年後‥‥
1歳を重ねるに従いペンションの仕事も大変になり、思い切って引退させてもらいました。あそこは他の方に譲る事にしました。
(……つづく)

(H. N.)

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