中岡秀彦/中岡祐子 エッセイ集

【153】 『不思議な縁 その1』  2011. 4. 5

最近、家内が珍しい仕事を頼まれた。日本歌曲を歌うための「伴奏だけ」の音源を作って下さらないか、というものである。これまで声楽家の方々との様々なコンサートをしてきた。すぐそばで歌っているわけではないのに、たぶんこのように歌われるだろうと想像しながら演奏して録音することは難しい。
数日考えた後、引き受ける事にしたようだ。……と、ここ迄は何でも無い事のようだが、実は頼んできた方が、長野県北部に住んでいる、あるレコード会社の歌謡文化アカデミーの認定講師……。
その方がどうして家内に頼んでくるのか……?
今回はその話を紹介したいと思い、全3回に纏めてみた。今回はその第1回である。
それは……
話は僕の大学時代にさかのぼる。もう30年も前の事だ。当時、冬になると気の置けない男4人(ピアノ科3人+楽理科1人)で毎年信州にスキーに行っていた。そして毎年同じペンションに宿泊、そこはオーナー夫妻も従業員も皆良い方達で、その上料理がとても美味しかった。朝食時には美味しいコーヒーも出て、ちょっぴりリッチな気分になったものだ。しかし、大学を卒業すると同時に仲間4人はそれぞれ地元に帰ったため、そのペンションに行く事は無くなってしまった。

さて時代は一飛びし、今から15年ほど前になる。その頃もスキーは続けていたが、仕事もしていたので行き先は中京圏内のスキー場と決まっていた。
そんなある時、ふと頭に学生時代の事が過り、あのスキー場に行って懐かしいペンションにも泊まってみたいと思うようになった。オーナー夫妻は元気だろうか……。

早速、行き方を調べた。場所は新潟と長野の県境。電車で行くには数回乗り換えた上に、最後は地元の路線バスに揺られる事50分余り、と大きな荷物と板を担いで行くには大変な道のりになる事が分かった。もしスキーのバスツアーが出ているなら都合が良いのだが……。
しかしそこは家族が経営している家庭的なペンション。シーズンになると街中に溢れるスキーのバスツアーのパンフレットに目を通してみたが、そのペンションに宿泊できるツアーは無かった。

しかし何度目かの冬、ついにお目当てのペンションに宿泊できるツアーを見つけた。ペンションを指定出来る事を確認し、すぐに申し込んだ。
名古屋から若者たちに混ざって夜行バスに揺られること8時間、早朝にそのペンションのすぐ近くに着いた。日が昇って間もない青白い薄明かりの中を歩くと、ちょうど入口の雪掻きをしている懐かしいオーナーの顔が目に入った。
(……つづく)

(H. N.)

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