中岡秀彦/中岡祐子 エッセイ集

【151】 『古本屋の珍客 その2』  2011.3.5

「此処は駄目って言ったろ? さぁ行くよ」
そう言って犬の首輪を掴んで動かそうとした。しかし犬は、急にその場所を動かなくなった。立ったままの姿勢でじっとしている。
店員は今度は両方の前足を掴んで何とか引きずろうとした。すると犬は、あくびをして延びる時のように前足を斜めにして少し姿勢を低くして突っ張った。

こうなると犬と店員との根気比べだ。
店員は犬の目線に合わすようにしゃがみ込み、力強くその前足を引っ張ろうとした。犬は「動くものか」と言わんばかりにからだ中に力を入れて頑固に踏ん張っている。あまり力を入れているものだから,両足を含め全身がブルブル震えている。

そのうちに、とうとう「伏せ」の姿勢に入ってしまった。身体を平らにして床に這いつくばった格好だ。「絶対に動かないぞ」と言っているよう。

困った店員は、やさしく根気よくしばらく犬に話しかけていたが、結局その状態のまま無理矢理ズルズルと引きずりながら何処かへ連れて行った。

店内は再び平穏さを取り戻した。しかし……しょんぼりした犬の表情が浮かんできて、ちょっと淋しかった。

(完)
(Hide & Yuko)

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