中岡秀彦/中岡祐子 エッセイ集

【148】 『ピピッと鳴りましたら・・・』  2011.1.26

「ピピッと鳴りましたら外して下さいね」
看護婦さんから電子体温計を受け取った患者は、また自分の椅子に戻った。ここはある内科の待合室。
「鳴ったら外すんだと。」
一緒に来たもう一人に話した。
「ピピッ、なんて音、聞こえるかな?」
  「小さかったら聞こえ〜せんがね」
「アハハッ」
どうでもいいがこの年配の二人、ここに入ってきた時から大きな声でしゃべりっぱなし。僕はそこに積んであった遠藤周作の「狐狸庵閑話」を読んで待っていたが、二人のやりとりの方が面白いのでその様子を見る事にした。
「今、鳴った?」
  「鳴った、鳴ったがぁ。」
「本当?、聞こえた?」
僕は(まだ早すぎるのでは?)と思ったが、とうとう体温計を外してしまった。そして体温が表示される液晶部分を見て、あれっ?と言いながら受付に持って行った。案の定、計れていなかった様子。
「もう一度お願いしますね。ピピッ、と鳴るまで外さないようにお願いしますね」
患者は再び元の席へ。
「早かったみたい、まだ鳴っとらんかった。」
  「そう? ピピッて聞こえたがなぁ」
僕は笑いを堪えるために、開いたままの読んでもいないページをじっと見ていた。ここの受付の奥には薬剤部があり、そこで機械が自動で薬を分けている。その音が時々「ピピッ」と鳴るので紛らわしいのも事実。
「鳴った!」
  「そう? 知らんよ」
「鳴った!鳴った鳴った!」
そう言って体温計を外した。そして表示部分を見たが、なぜかまた戻してしまった。僕は(また、失敗だ!)そう思った。
「よう分からんねぇ〜」
  「○△■…」
 
その賑やかなおしゃべりが一瞬途切れ、待合室に静寂が戻った瞬間、小さな音で
      「ピピッ」
「あっ、鳴った!」
  「今聞こえたね」
「そう!聞こえた」
僕もそう思った。しかし、さっき一度外しているし……、今回はどうだろう?
体温計を受付に持って行くと、窓口の人は首を傾げた。そして、患者の顔を見上げながらやや大きめの声でゆっくり聞いた。
お熱、ありますか? 御自身で お熱があるかどうか 分かりますか?
「無いよ、全然! ピンピンしとるで。ワハハ…」

(H. N.)

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