中岡秀彦/中岡祐子 エッセイ集

【141】 『帽子と鞄』  2010.10.14

新幹線で東京へ行った。名古屋を発車する時刻がちょうど昼時だったので、駅弁を買って乗り込んだ。どうせ車内で暇だから時間かけてのんびり食べようと、結構盛りのいい “名古屋味噌カツ弁当”にした。天気も良いので車窓から水田や山の景色を見ながらのんびり食べた。食べ終わってゴミを始末したら、眠くなってきた。東京が終点だから寝過ごすことはないし、着く前に横浜か品川あたりでアナウンスで目が覚めるだろう、と一眠りすることにした。
「あ〜っ、棚の上に鞄が忘れてある!」

「あれ〜っ、帽子も!」
ウトウトしていたら、頭の遥か遠くの方で女性の叫ぶ声がぼんやりと聞こえた。

【横浜? 品川か? 誰か忘れものして降りた人がいて、周りの客が教えてるんだろう、寝過ごして慌てて飛び降りたな、間抜けなヤツもいるもんだ】

変なことで起こされたな、と思ったが再び寝入ってしまった。どのくらい時間が経っただろう……
「起きて下さい、お客さん! 終 点 で す よ!!
今度は緊迫した低い男の声だ。今日は、ヤケにうるさい日だ。そう思ってなんとなく目を覚ますと、車掌が側にたっていた。
「・・・・・・?」
どうやらぐっすり寝ていたらしい。起こされたのは僕だった。周りを見たら客は誰一人として居なかった。居たのは、薄ピンク色の作業服の清掃係のみ。車内に3〜4人いてもう掃除が始まっていた。急いで棚の上に置いてあった、“鞄と帽子”を取って通路を小走りで出口へ向かった。

【……“鞄と帽子”?……どこかで聞いたこの言葉……?、もしかして……】

“鞄”とか“帽子”とかの声を聞いた時、列車は横浜でも品川でもなく既に東京駅に着いていたのだ(そのとき僕はグッスリと寝ていた)。そして乗客が皆降りた後に清掃係が入ってきて、僕の頭の上の棚を見て叫んだのだ(記憶にはぼんやり残っている)。その後車掌が席までやってきて起こされた(何がなんだか分からなかったが目は開いた)、というわけ。
横浜、又は品川到着時に流れるアナウンスも聞こえなかったとは、ずいぶんよく寝たものだ、我ながらあきれ返った。ホームのアナウンスが聞こえた。
「ただいま、14番線に停車中の列車、現在車内清掃中のためご乗車できません。お急ぎのところ誠に申し訳ございませんが清掃が終了するまで今しばらくお待ちください。」
ホームに下りた。そこは紛れもなく、14番線だった……
(H. N.)

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