中岡秀彦/中岡祐子 エッセイ集

【116】 『七里庵の蕎麦 その2』     2009.7.25

(前回の続き)……

食べ終わる頃、どこからか「ゴゴゴッ、ゴゴゴッ、」と重い物を引きずるような音が聞こえてきた。聞いた事のない音、気のせい? 外を大きな車が通ったのか、と思った。だが、暫くすると再び「ゴゴゴッ、ゴゴゴッ、」何か鈍い音である。あたりを見渡すと店の主人が厨房の奥で石臼を回していた。蕎麦を挽くところから自分で? 香りが良いわけだ。会計を済ませる頃、店内には客はもう居なかった。
――蕎麦粉からご自分で作られるのですか?
「はい、時間はかかりますが、その方が美味しいですから。今挽いているのは明日の分です。」
――どの位時間はかかりますか?
「10人分で3時間から4時間ですね。」

僕は蕎麦の製粉工場を見学した事がある。直径1メートル位の何十台もの大きな臼が自動で回っており、その中心部に蕎麦の実が少しずつ落ちていくようになっていた。この店の臼を見ると直径30センチくらいで厚さは10センチくらい、小さめだ。主人は、
「この位の大きさが、ちょうどいいんです。大きいと重くて回すのに苦労するし、またその分、臼が重くなるので蕎麦の実を【晩く】というより【潰して】しまうんです。そうすると蕎麦の実にストレスがかかってしまいます。でも最近はなかなかこの大きさの臼が手に入らなく、あっても10万円くらいするので、目立てしながら使っています。」
――それでも手で挽くのには何か訳がありそうですね。
「はい、工場のように一日中回りっぱなしだと臼が熱を帯びてくる。そうすると挽いた蕎麦粉にも熱が伝わり味が落ちるんです。手で挽くとそういう事はないんです。それと、蕎麦の実の産地に寄って固さが違うので挽き方が手加減出来るんです。」

そういえば、壁には《本日の蕎麦の産地は福井です》という張り紙がしてある。
「お客様が帰られて、空いた時間にこうやって挽いています。楽しそうに見えるかも知れませんが、それは、最初の2〜3分だけですよ。」

手間を惜しまない職人気質に脱帽!
(おわり)
(H. N. )

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