中岡秀彦/中岡祐子 エッセイ集

【115】 『七里庵の蕎麦 その1』     2009.7.17

蕎麦を食べに行った。僕の蕎麦好きを知っているある人から勧められた店だ。住宅街の狭いくねくね曲がった路地を行った所にその店はあった。店内は奥に細長く、漆喰の壁に黒い柱、そしてやや薄暗い明かりが、(ここが名古屋市内か?)と思うくらい落ち着いた雰囲気を醸し出していた。カウンター席を含め15人も入れば満席になるこじんまりした店で、注文、調理、会計をすべてを店の主人が一人でやっていた。
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ちょうど昼時だったので満員、カウンターしか空いていなかった。忙しく動き回る主人の様子がよく見える。
「ごめんなさい、ちょっと待っててね。これ済んだらお茶出すから。」
客が注文した天ぷらを綺麗に竹笊に盛り付けながら言った。カウンター横には《おいしい蕎麦の食べ方》と書いた紙が張ってある。
1.蕎麦は箸で10本まで。
2.薬味は汁につけると汁の味が変化するので直接入れない。食べる蕎麦に少しだけ乗せる。
3.初めて入った店では、まず何もつけずに蕎麦だけを食べる。それで、その店の味がわかる。
4.ちゃんと音をたててすする。等……。
なかなか手強い。そして最後に《どうぞご自分のお好きな食べ方で召し上がってください。それが一番美味しいですから。》…ほっと一安心。

少し経ってテーブル席が空いた。主人がテーブルを片付けながら、「こちらへどうぞ」と案内してくれた。自分でお茶を持って移動した。間もなく注文した【天ざる】が運ばれてきた、と思ったら蕎麦だけだった。
「天ぷらは今揚げてますから延びないうちに先にお蕎麦をどうぞ」
少しの時間差は仕方ない、一人でやっているのだから。笊に盛られた蕎麦のいい香りがする。何もつけずに蕎麦だけ食べてみた。注文したのは十割り蕎麦だから、上品な味というよりしっかり濃い味がする。その上、後で主人と直接話して解った事だが、蕎麦の実の全粒粉(お米で言うと白米でなく玄米)を使っているので噛み応えもしっかりしている。次に塩を少しつけて食べてみた。これも通の食べ方(?)、この食べ方も大好きだ。汁はほんのり辛口だった。漆喰の壁の店内に蕎麦をすする音が響く。(いいねぇ、だからやめられない!)
少し遅れて出てきた天ぷらは野菜中心で、どれも大きめ、丁寧に揚げてありこちらも美味しく頂いた。最後は蕎麦湯。これも店によりいろいろ味が違う。あっさりしていたり、とろみがあったり……。今日のはとろみがあり美味しかった。

食べ終わる頃、どこからか「ゴゴゴッ、ゴゴゴッ、」と重い物を引きずるような音が聞こえてきた。聞いた事のない音、気のせい? ……(次回へ続く)
(H. N. )

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