中岡秀彦/中岡祐子 エッセイ集

【93】 『大好きな先生との再会』     2008.4.24

 「来週名古屋に行くので、よかったら会いませんか?」
 思いがけない人から久しぶりにメールがあった。発信地はフィリピン・パンガシナン州、送信者は、名古屋に長くお住まいだったドイツ人、フォン・ホイドック先生だった。先生ご夫妻は現在はベルリンにお住まいだが、寒い冬の間だけ、奥様のご実家フィリピンで暖かく過ごされている。今回は、フィリピンからベルリンに戻られる途中に10日間ほど日本に立ち寄られる、ということだった。20年以上名古屋にお住まいだったので、先生にとっては「名古屋は第2の故郷(先生ご自身の言葉より)」である。

 先生はかつて、名古屋のN大学でドイツ語を教えていらした。私達も別の場所でドイツ語を学んでいたが、その時の先生がホイドック先生だった。先生は、私達が習っていたサークル以外にも様々な所でドイツ語を教えていらしたので、教え子は相当な数に上る。

《ホイドック先生が名古屋にいらっしゃる!》
 中々こんなチャンスは無いのでは? そう思い、今までのドイツ語仲間に早速連絡した。先生とも毎日メールで連絡し合い(こういう時にメールは実に便利!先生の居場所が飛行機で刻々と変っていても苦労せず連絡可能デス)、お互いのスケジュールを調整、我が家でホームパーティーをすることに決定した。
 日程は、10日間の先生の忙しいスケジュールを縫って平日の夜に決まり、“駄目もと”で14人の人に声をかけてみた。学会や仕事で残念ながら来られない人も多かったが、こんな急にもかかわらずそのうち6人がいらっしゃる事になった。先生と私達を足すと9人である。集まる人達の顔ぶれから考えると・・・・・・すごい確率だ。

 うちでは色々な仲間を集めて時々ホームパーティをするのが楽しみの一つなのだが、今回は特にスペシャルなお客様なので、わくわくする。ホイドック先生の大好きな和食でおもてなしすることにした。献立を考えたり、スーパーに食材を買い出しに行くだけで、もうウキウキ・・・・・・。

 当日、先生の到着は予定より30分ほど遅れたが、皆が待つテーブルに先生の顔が見えた途端・・・
会っていなかった何年間が、瞬時に埋まった。。。
それからの4時間半は、夢のような時間だった。
 先生を囲むメンバーは、憲法、教育学、ドイツ文学史、建築、世界史など、専門分野は違うが、皆ドイツとドイツ語と音楽を愛する人たち、そして何より「フォン・ホイドック先生のファンである!」という共通点がある。先生は豪快かつ繊細、知的で温かいお人柄なのだ。 記念

 写真はその晩のひとこま、左から2人目がコンラート・フォン・ホイドック先生。

 本当に楽しい夜だった。。。またいつか皆で再会できますように!!

(Y. N. )

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