中岡秀彦/中岡祐子 エッセイ集

【77】 『人前で演奏する難しさ』  2007.9.22

 今年の夏、僕は、審査員としてでなくコンクール会場に3日連続して足を運んだ。受けている複数の自分の生徒が、発表会とは違う雰囲気で緊張した時どう変化するのか、客観的に聴いた時に普段のレッスンで見過ごしがちな生徒の欠点はないか、それらを確認する為である。
 いろいろな演奏者を聴いた。正直なところ演奏者によってレヴェルの差があるのは当たり前だが、それ以上に、緊張の中でどのくらい自分をしっかり捉える事が出来るか、そして集中できるか、それが演奏の結果を左右する原因の一つにもなっていると改めて感じた。

 緊張しないで普段と同じように演奏出来ればそれに越したことはない。しかしそんなことは不可能だ。ではどうしたら良いのだろうか?
 緊張から逃れられない以上、本番近くになったら自分を緊張させて、その緊張感の中で演奏することに慣れるしかないのだ。

 ところで、なぜ緊張するのか?

 以前に冬季オリンピックのバイアスロン(スキーの距離競技とライフル射撃を組み合わせた複合競技)の選手が書いた本を読んだ事がある。そこに次のような意味の事が書いてあった。

 【人は今までに体験したことのない場面に遭遇すると緊張する】

 つまり、予期しない事が起こると、その対処方法が分からず慌てる。しかし時間だけはどんどん過ぎていく、皆には見られている、どうしていいか分からなくなり、パニックになる、と言うわけだ。
 彼のようなものすごい選手でさえ、試合中の緊張と戦っていたと思うと、少し「ほっ」とする。
 そしてその選手は少しでも緊張を減らす為に、当日の試合中で起こりそうなあらゆることを普段の練習の中に取り込み、全てを『体験済み』にしたそうだ。「そんな事までするの?」と思うような事まで書かれていた。たとえば、【ライフル銃の引き金が凍ってしまった時、どうやってそれを解凍するか】など。

 さて、スポーツでも音楽でも、大勢の観客や審判員(審査員)の前でパフォーマンスをすることに変わりはない。メンタルトレーニングやイメージトレーニングはスポーツの世界では必ずと言っていいほど当たり前に行われている。残念ながら音楽の世界ではまだ、そのような話はあまり聞いたことがない。

 【あがる】という言葉がある。もともと【頭に血が上がる】という意味で、他人の目を意識して、平静でいられなくなる状態を言う。本番でうまくいかなくなるのは、実は【あがっている】のであって、【緊張】しただけではないのだ。

 次回からは、僕自身が今までの経験から見つけた、【自分を緊張させる方法】 など、実際に自分がやっている事、やった事などをまとめてみようと思う。

 全3回シリーズ「緊張と、どう付き合うか」 お楽しみに!

(H. N. )

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