中岡秀彦/中岡祐子 エッセイ集

【62】 『床屋嫌い』   2007.1.19

「ヤダ〜、ギャ〜ぎゃー、うぇ〜ん!」

 鏡に向かって床屋の椅子に腰掛け、髪をカットしている僕の耳に、大声で泣き叫ぶ子供の声が聞こえてくる。

「ワ〜わー、ギャー、ィヤダ〜ぁ〜」

 もうだいぶ続いている。

「誰かすごい勢いで泣いていますね?」と聞くと、

 「お客さんなんです、子供でね、いつも泣く子なんです。でも今日は、またすごい泣き方しているなぁ。」と、スタッフ。

 泣き声とも、わめき声ともつかないその声は暫く続いた後、急に一段と大きくなった。

「今、急に声が大きくなりましたよね」

 「やっと、店の中に入ってきたんです」

 ということは、……(笑!)
 仕事とはいえ、ああやって駄々をこねる子供を相手にするのは大変だ。店内に入っても、相変わらず店中響き渡る声で泣き続けている。

 「あの子は、鏡の前のこの椅子には座れないんです。待合室の椅子に座ったまま、私達が、あそこに行ってカットするんです。お母さんにしっかり押さえてもらって……。ちょっと行ってきます。暫くお待ちください」

 仕方ない、車の雑誌でも読んで待つことにした。

 《……新開発のスタッドレスタイヤ、氷の中に『ギャー、やだー』撥水ゴムが効く。暫く使用した後でも『こっち抑えて…、そのままじっとさせて……』あなたの車にジャストフィッ『ぎゃー、わ〜わ〜』、今ならキャンペーン実施『うぇ〜え〜ん、グズッ』、2月末までにお買い上げの方へ『くすっ、ひーぃっ、うん』をプレゼント!……》

 というような具合で、やがてスタッフが戻って来て僕のカットも終了。
 会計に向かうと五歳くらいの可愛い男の子が、「ボーっ」と立っている。その隣の椅子では、母親らしき女性が雑誌を読んでいる。

「あの子ですか?」

 「そう、終わると何もなかったような顔して、ケロッとするんです」

床屋さんも大変だ。

 「有難うございました。またのお越しをお待ちしています。」

楽しい気分になって店を後にした。

(H. N.)

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