中岡秀彦/中岡祐子 エッセイ集

【55】 『文化大革命の次の世代』    2006.11.3

 高校卒業まで、私の元でピアノを学んでいたR君、この9月から念願だったニューヨークの大学の生物学部に進学しました。彼は長身でテニスが得意、ピアノが大好きな好青年です。中学生のとき、知人の作曲家の方のところから紹介されて、うちに来るようになりました。育ったのは日本ですが、ご両親とも上海の方です。初めて来た時のことは、とてもよく覚えています。

 ピアノを習う生徒さんでそういう人は少ないのですが、初めてのレッスン日にお母さんとともにお父さんも一緒にいらっしゃいました。彼のお父さんは日中を往復する商社マン、一年の半分以上は中国出張という忙しい中、レッスンについていらしたという訳です。

 お父さんは教育熱心で、熱く語られました。
「小さいときから息子の教育には、すべて私が関わるようにしています。私が学生の頃には、中国では“文化大革命”がありました。。。そのため思い通りには勉強できない大変な時代でした。せっかく留学が決まっても、その頃は“育ててくれた親を国に置き去りにして留学するなんてもってのほかだ”という風潮がありました。ピアノも勉強も、息子には是非よい環境を整えて、好きなことを好きなだけ勉強させてやりたい。将来留学したいと言えば、そうさせてやりたいです。」

 R君は、受験勉強と平行して本格的に英語力を磨いてきました。受験が終わったこの夏休みは、久しぶりに上海の祖父母のところに一ヶ月里帰りしていましたが、久々に会った時、顔が少しばかりほっそりしていました、聞くと毎日……勉強浸けだったそうです。

 上海の英語学校にはいり、中国語の学校でも2種類学んでいました。上海語と標準語(北京語)では全く異なるからだそうです。あまりに一生懸命勉強してきたらしく、「今は、ちょっと日本語が怪しくなってます‥‥」と苦笑いしていました。

 ニューヨークに発つ直前にレッスンに来たR君、たくさんの曲を持って来ましたが、その中でまだ一度もレッスンしていない“ショパンの別れの曲”の美しかったこと……
心に残りました。
 最後に両手で硬い握手をして再会を誓い、別れました。次に会う頃には、もっと日本語が怪しくなっているでしょう(笑)

R君に素敵な未来がありますように。。。
(Y. N.)

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