中岡秀彦/中岡祐子 エッセイ集

【45】 指揮者 岩城さん
    2006.8.19

 この間の6月、永く活躍された指揮者の岩城宏之さんが亡くなられました。その少し前の3月末、オーケストラ・アンサンブル金沢の名古屋公演を聴きに出かけましたが、残念ながらそれが岩城さんをライヴで聴いた最後になってしまいました。久しぶりにステージで見る岩城さんはかなり大変そうな様子で、指揮台まで歩いていらっしゃる時も、気をつけながらゆっくりゆっくり足を運んでいるという感じだったのが印象に残っています。
 
 追悼番組の中で、ベートーヴェンの交響曲全9曲連続マラソンコンサート(確か昨年末)の模様とその後のインタビューを見ました。すでに全身がかなり辛そうな時でした。岩城さんは今までに頚椎、肺、喉など20数回の手術を受けられたそうです。喉の手術では指揮者にとって大切な声帯を失ったため、自分の手首の皮膚で声帯を作ってもらったそうです。

 しかしそんな満身創痍の中でも、ニコニコとユーモアたっぷりに話されていました。
 「若い頃は、何をするにも、自分の体が自由でよかったですよね〜。仕方ないことですけどね? 今はすべての動作を意識してやってます。たとえば歩きながら呼吸するのも頭で考えなきゃぁ息があがるから、次の足をこう出してこのタイミングで息を吸って吐いてと、考えながら‥‥、手の先は半分しびれてて感覚がない、物を飲み込むのも、気管支に入っていかないように食道に入るように意識して‥‥とかね。でもね、一つだけ、無意識で自然体で出来ること、それが指揮なんです。指揮だけは、意識せずに唯一できるんですよ(笑)」

 呼吸するだけでも普通の人の何倍ものエネルギーが要るのに、最後まで演奏に情熱を注がれた姿には、頭が下がります。
 “初演魔”のニックネームがつくほど新作の初演にも積極的だった岩城さん、天国でもあい変わらず、次の新作のスコアにせっせと目を通していらっしゃるかも‥‥。
(Y. N.)

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