中岡秀彦/中岡祐子 エッセイ集

【41】 『鹿児島旅行記 第3話 「霧島へ・気になる看板」』
    2006.7.9

 鹿児島市内から九州自動車道に入り空港方面へ、溝辺鹿児島空港ICで降り一般道へ入る。霧島高原への道は、山間を走る国道で走りやすかった。緑の中を走るのは本当に気持ちが良い。《何処かへ行く》という目的を特に持たなくても、《走るのが目的》だけでも十分である。
 霧島国際音楽祭の会場でもある、『みやまコンセール』を右手に見て10分くらい走った頃、気になる看板を目にした。『霧島高原乗馬クラブ』。
看板 一瞬、(乗ってみようかな)という気にはなったのだが、何となくチラッと見ただけで通り過ぎてしまった。
 
 以前、オーストラリアに行った時、山や川を馬に乗って1時間ほど散歩した事がある。一応操作を覚え、コーチの先導する馬の後について自分で馬を操っての1時間で、結構楽しかったのを思い出した。日本は、《自己責任の国》ではないから、そこまで初心者には体験させてもらえないことは分かっている。しかし……。
 アクセルから足が離れ、ブレーキを踏み、ハンドルを一杯切ったのは、自然な成り行きだった。

 期待に胸を膨らませて受付に行った。
 「今から乗れますか?」
 受付の人は、
 「午前の部は、11時で終了しました。午後は、1時からです」
 
 時計を見ると11時15分だった。(あきらめるか?) でも、このまま温泉郷を通り抜け、予定外ではあるがその先の『えびの高原』まで行き、帰りに温泉でも浸かって戻ってきたら丁度いい時間になるかもしれなかった。
 一応どんなコースがあるのか詳しい説明を聞いた。案の定、初心者に対しては、引き馬でなく完全に自分で操るコースは無かった。しっかりと基本操作を習うコースと、やはり引き馬でコースから外へ出て森に入る(野外騎乗)コースしか無かった。
 「引き馬でないコースはないのですか?」と思い切って聞いた。受付の人は、僕が相当乗れると思ったらしく、「それでしたら、霧島神宮の近くにウエスタンをやっている所があります。そこは、完全に自分で操作して頂けます。馬に乗って頂くとすぐに走るように調教してありますから」

 (…そこまでは出来ない…)

 オーストラリアでの事だ。途中でコーチが、「軽く走ってみますか?」と言うので、挑戦してみた。手綱をしっかりと持ち、足の踵で軽く馬の横腹をポンと蹴ると…。走った、走ったー。周りの景色が、一瞬見えなくなった。馬のたてがみだけが、目の前に近づいたり離れたりの繰り返し。大声を出したら、コーチが止めてくれた。もちろん、馬を停止させる操作も知ってはいたが、そんなゆとりはなかった。あっという間に100mほど進んでいた。
 「この馬、本気で走ったみたいです!」と言うと、
 「そうかもしれません。馬にとっては歩くのはつまらないのです。この馬は、元は競走馬でしたから、『走れ!』と合図を送ると、昔の感覚がよみがえって大喜びで走ったのでしょう」
 「……」

 そんな事があったから、まだ走るのだけは避けたかった。
 受付にお礼を言って乗馬クラブを後にした。再び車を走らせていた僕の頭の中では、《午後、再びここに戻ってくる確率》は、100パーセントに変わっていた。

  ※文中に出てくる《引き馬》とは、馬とコーチがロープで繋がっている状態を指す。
【次回「えびの高原」へ続く】      (H. N.)

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