中岡秀彦/中岡祐子 エッセイ集

【34】 『恩師 谷 康子先生』    2006.3.23

 毎年4月の初めに、東京で、ある集まりがある。
「谷 康子先生を囲む会」
 僕の大学時代のピアノの恩師である谷先生を囲んで、1年に1回全国からたくさんの弟子が集う楽しい会で、僕にとっても4月の楽しみでもある。

 だが今年は、「谷 先生 お別れの会」になってしまった。
 ご高齢であったにもかかわらず大変お元気で、毎回出席して下さっていたのだが、昨年12月、突然に帰らぬ人となられた。
 つい2年程前のこの会の時も、皆の前でドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」を演奏して下さった。往年のぺルルミュテールを思わせるような、少し枯れた、格調高い演奏だったのを覚えている。そして昨年は、シューベルトの即興曲 作品90の第3番、詩情たっぷりと演奏され、時間の中を音楽が自由に呼吸していたのを覚えている。
 91歳、本当に立派に天寿を全うされたと思うが、やはり寂しい。

 谷先生は、さっぱりとして温厚な方で、いつも根気よく粘り強くレッスンをして下さった。確か先生が昔支持された先生は、カール・ツェル二ーの流れを汲む人だったと聞いたことがあるので、僕はおこがましくもツェルニーの師匠あのベートヴェンの曾曾曾‥孫弟子?ということになる、かも知れない。

 先生については色々な思い出がある。
学生時代、バッハの平均律の勉強が大変で、あまりよく準備出来ないまま恐る恐るレッスンを受けたことがあった。
 さらっていないのは自分が一番分かっているので、少しびくびくしながら(それでもそれがばれないように)一生懸命先生の前で弾いた。僕が弾き終わると、隣のピアノの前で聴いていた先生は、叱りもせず静かに僕の方に歩いていらした。(なんて言われるのか‥)

先生は黙って、そっと優しく本を閉じた。

「次の曲は?」

「‥‥」

こんなに恐ろしいことは無かった!!

 先生からは、音楽だけでなく、音楽家としての姿勢などいろいろ学ぶことが出来た。

 先生、有り難うございました。そして本当にお疲れ様でした。どうぞ静かにお休み下さい。

(H. N.)

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