中岡秀彦/中岡祐子 エッセイ集
 明けましておめでとうございます。2006年が始まりましたね。
 新年のご挨拶がすっかり遅れてしまいましたが、皆さんはお正月をどのように過ごされましたか?今年がさらに実り多い一年となりますよう、お祈りいたします。
 そしてどうぞ今年もこのエッセイともども、宜しくお願いします。

中岡秀彦&中岡祐子

【28】 『JAZZ喫茶』    2006.1.14

 深夜、部屋の灯りを落とし、僅かなキャンドルの灯りだけで静かなジャズを聴くことがある。そんな時、ふとある昔の光景が蘇った。学生時代、上野広小路通りから細い道を入った所に一軒の小さなJAZZ喫茶があった。店内は薄暗く、灯りは各テ−ブルの脇に小さく光っているだけ。細長い店内の一番奥には、大きなスピ−カ−が設置されており、その二つのスピーカ−の間に、銀色に色付けされた造花が薄暗い赤いスポットライトを浴びて鈍く光っていた。
 そのスピーカ一に向かうように一人掛けの椅子と二人掛けの椅子が並んでいた。ただどの席も向かい合わせにはなっておらず、ちょうど列車の座席のようにすべて奥に向かってセッティングされていた。何故なら、その店は友人同士お喋りを楽しむ店ではなく、純粋にジャズを聴く人のための店だったからだ。店の入口の黒くて重い木の扉には、「私語お断り」の紙が貼ってあった。

 店には結構常連客がいて、聴きたい曲をリクエストして店のオーナーにLPをかけてもらうことが出来た。僕も大学の授業の合間などに、よく出掛けた。他の客同様、リクエストして自分の曲がかかるのを心待ちにして苦いコーヒーをすすっていたものだ。皆、いつ自分の曲の順番が回ってくるかわからずに、実に気長に待っているのだ。
 しかし、他の人のリクエスト曲が順にかかっているうちに、残念ながら僕の授業の空き時間が終わってしまい、自分の曲が回ってくるころに、聴けずに泣く泣く(?)退席することもしばしばだった。が、なんと言ってもその暗くてゆったり時間の流れている大人っぽい空間が気に入って、よく通ったものだ。

 ある時、“この曲は……だよな”などと、連れの友人と話していた。僕たちとしてはごくごく小さい声だったつもりだったのだが、マスターに“私語は慎んでくださいよ”と、注意されてしまった。その後の僕らの会話は全て筆談、となった。
 今の若者たちには想像できないかも知れない。

 あのジャズ喫茶、まだあるだろうか‥。  

(H. N.)

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