中岡秀彦/中岡祐子 エッセイ集

【4】 『ラウタヴァーラ』    2005.6.19

 或る日、BSの朝のクラシック番組で、N響のコンチェルト(2000年の再放送)をやっていた。演奏の途中から見たのだが、弾き振りはアシュケナージ、ピアノもオケもそれはすさまじく込み入った難しそうな曲で、ピアノに至っては、“超絶技巧”の上にもう一つ“超”をつけてもおかしくない様な、私の全く知らない作品だった。アシュケナージをしてやっと弾けると思う程、せわしなく駆け巡る10本の指、オケのメンバーも然り。緊張感溢れる引き裂かれるような和声、しかしどこかに、私の好きなバルトーク、ピアノコンチェルト3番の2楽章をも思わせる、東欧風の美しい響きがあった。

 演奏が終った瞬間、その極限状態から解放された。あまりの凄さについつい引き込まれ、是非作曲者名を知りたい、と思いながら最後まで聴いた訳だが、ラウタヴァーラ作曲ピアノ協奏曲「夢の贈り物」という作品だった。演奏も勿論良かったが、最高に張り詰めた時間を共有した、アシュケナージとオケの面々の、心からの充実した笑顔も素晴らしかった。

 ラウタヴァーラ…、私には未知の作曲家で、おそらく中欧か東欧の人なのだろうと推測した。が、インターネットで検索してみると、そのどちらでもなく、北欧フィンランドの現役の作曲家だった。たいへんな驚きだった。そして、この作品、アシュケナージが、“ピアノの弾き振りを出来る曲”としてラウタヴァーラに委嘱したそうで、アシュケナージに献呈されたと知った。
 以前、中央アジアのフン族とハンガリーのハン、ハンガリーのハンとフィンランドのフィン、という言葉は、歴史的、民族的に僅かながら関連があり、またハンガリー語とフィンランド語は言語的にも関わりがあり、文法の一部は似ている、と聞いたことがある。
 今回、全く自己流な耳の感覚なのだが、フィンランドとハンガリー、何か見えない糸で結ばれているようで、心がたのしく動かされた出来事だった。

 後日、フィンランドに長く滞在したヴァイオリニストの友人にこの話をしたところ、
“ラウタヴァーラは、作曲家の宝庫と言われる北欧でも、とても有名で、尊敬されている作曲家。私がフィンランドにいた時に丁度、彼の70歳の誕生日を国を挙げて祝い、殆ど国家の祝日のようだった。その日、音楽大学の学生達は皆、終日彼の作品を演奏して敬意を表した。”
と教えてくれた。
 北欧も深い文化がある国だなあ、と感心した。日本では残念ながらまだまだ、そこまでクラシック音楽が成熟していないが、いつか、そんな日が来れば素敵だろうと思う。

(Y. N.)

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