中岡秀彦/中岡祐子 エッセイ集

【26】 『背中のトマト』    2005.12.13

 南米の国、ボリビアの少年を取材したドキュメンタリーがありました。アルベルト君、11歳くらい、澄んだ目をした男の子です。お母さんは病気で亡くなり、やせた農地を耕す病弱なお父さんと、羊飼いをする7歳の妹が彼の家族です。
 家が貧しくて食べていかれないため、彼は遠くの炭鉱に住み込みで働きに出ています。トンネルの奥で1日10時間、金鎚で壁を叩き割り、銀の鉱石を掘って運び出す炭鉱夫の仕事をしているのです。貧しい国なので手袋もマスクもありません。将来じん肺などの病気になるリスクのある危険な場所で、幼い少年が大人に混ざって働いていました。
 「トンネルの奥は寒くて、暗くて、埃っぽい。空気が薄いからいつも息が苦しいんだ。辛くてやめたいけど……やめられない。本当は僕、学校に行きたい……、そして大人になったらトラックの運転手さんになりたいな……。」

 彼に子供らしい笑顔が戻るのは,月に1回、お父さんと妹に会える日です。1ヶ月の給料で買った食料品を届けに、自宅に帰るからです。市場に行って野菜、油、小麦粉などおよそ20kg、小さな体で運べる限界の重さまで買い、布袋に入れて背中に担ぎます。彼の家は山奥で、最寄りのバス停から歩いて6時間(6kmではありません)、やっと家に着くのです。

 「トマトは僕のお父さんの大好物なんだ。だからいつも買ってってあげるんだ。」と、嬉しそうに市場で買っていた、たくさんの真っ赤なトマトも、背中の重い荷物に入っていました。

 経済的に恵まれた日本に住んでいると、このような生活は想像すら出来ませんが、今日もあの暗いトンネルで、あの子が働いているかも知れません。  

(Y. N.)

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