中岡秀彦/中岡祐子 エッセイ集

【24】 『サティ 家具の音楽』    2005.11.22

 偶然FMでエリック・サティの作品「家具の音楽」を聴きました。”家具の音楽”とは、聴かれ  ないことを目的とした音楽、すなわち部屋の家具のようにその存在感が人を邪魔しないようにと意図して作られた、かなり変わった音楽です。音楽史で知識としては習ったものの、なかなか聴く機会がなかった曲でした。スティーブ・ライヒや現代のミニマルミュージック、環境音楽と言われるものにも関連のあるものです。例えば現代のテレビ番組等で、ある映像の背景BGMとしてぐるぐるエンドレスで回っている音楽に時折出会いますが、あれもサティの流れの延長線にあるとも言えるのでしょう。

 「家具の音楽」は、3曲からなっていて、そのタイトルもいかにもサティらしく相変わらず皮肉たっぷりです。
 (1)県知事の私室の壁紙
 (2)錬鉄のタペストリー
 (3)音のタイル張り舗道
 放送で聴いたのはアルス・ノヴァ合奏団(多分フランス系の?)演奏でした。とても単純な、しかしけだるくて風刺の効いたメロディでしたが、それが何回も、あらゆる変化を拒絶して、全く変化なく繰り返される作品でした。1曲目だけは、最後の1,2小節に大変僅かなクレシェンドとリタルダンドをかけていましたが、2曲目,3曲目は、ある時突然の終止が来るよう演奏していました。

 起承転結のある音楽に慣れている耳は、面白いものでやはり変化を求めてしまいます。次こそは何か変化するのかも……と期待しては完全に裏切られ続ける、裏切られることに嫌気が差すような、或いは快感を覚えて笑えてくるような、不思議な作品だと思います。
 サティはあるサロンでの演奏時に、「これから演奏する音楽を、どうぞ聴いてくれませんように……くれぐれも……!」と前置きしたという話が残っています。音楽会に出掛けて行ったのに、「聴かないようにして下さい。」と作曲者本人から頼まれた聴衆も、難儀だったことでしょう。

 サティと言えば、その天才ゆえの風変わりさは群を抜いていました。自分の作品に一定の型やあるカラーが生まれることも嫌い、自分に追随する作曲家が出てくることも極端に嫌ったのでした。
 彼の最晩年には奇抜なピアノ曲「ヴェクサシオンVexations(虐待、癪の種の意)」があります。あるモチーフ(楽譜を見た事がないので何小節かわかりませんが)を840回繰り返せという指示、初演はジョン・ケージらによって、18時間40分かかりました!

 日本初演は、柴田南雄、入野義朗、武満徹、黛敏郎、石井真木、三宅榛名、近藤譲、坂本龍一、高橋アキなど(そうそうたる顔ぶれ!こんなすごいメンバーなら是非聴いてみたかった)に、音楽学生が加わっての40人での徹夜リレー演奏だったそうです。もちろん、正しい演奏回数と経過時間を計測しつつ観客に見せる人もつきっきり。
 840回が終った朝、誰も残っていないだろうという予想に反して、最後まで頑張って聴き続けていた十数人の若者がいたそうです。その忍耐力の有った聴衆と演奏者達は共に、コーヒーと朝食で”完奏を祝った”という話です。

 聴衆として十何時間、自分が聴いていられるかというと……、殆ど自信がありません。が、逆に万が一、この作品に奏者の一人として誘われたら?……是非やってみたいと思います!

(Y. N.)

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